病院で始めるポリファーマシー対策:実践ガイドと成功事例から学ぶ処方適正化

ポリファーマシー対策を病院で始めるには、まず院内の現状把握と小規模なチーム編成から着手し、既存の仕組みを活用しながら段階的に取り組みを拡大することが成功の鍵となります。本記事では、厚生労働省の「病院における高齢者のポリファーマシー対策の始め方と進め方」と全国の成功事例をもとに、実践的な導入方法から運営体制の構築、地域連携の進め方まで、具体的な手法を解説します。

病院がポリファーマシー対策を開始する際の主な課題は、人員不足、多職種連携の困難さ、地域医療機関との情報共有体制の不備です。しかし、担当者を明確にし、関心のある職員で小規模に始め、既存のNST1(栄養サポートチーム)や認知症ケアチームなどに視点を加えることで、効率的に対策を進められます。成功事例では、地域連携担当薬剤師の配置やトレーシングレポート2の活用により、退院後の処方維持率が向上し、再入院率の低下につながっています。

目次

スタートアップ:身近なところから始める実践的アプローチ

ポリファーマシー対策の第一歩は、院内の現状把握から始まります。対象患者数の把握、職員の意識調査を実施し、現場で実際に困っている事項を明確化します。例えば、入院時の持参薬に服用していない薬剤が含まれている、服用薬剤数が多く看護師による服薬管理が困難、ポリファーマシーに関連したせん妄や転倒の発生などが、現場の切実な課題として挙げられています。

担当者を決めることで、情報が一元的に集まり効率的な業務運営が可能となります。担当窓口となる医師や薬剤師を配置しつつ、業務が集中しないようチーム内でコミュニケーションを取りながら進めることが重要です。対象患者は対応可能な範囲で決め、薬剤起因性老年症候群3が疑われる場合、PIMs4(特に慎重な投与を要する薬物)が処方に含まれる場合、転倒リスクが認められる場合などから優先順位をつけて開始します。

既存の仕組みやツールの活用が、取り組みを円滑に進める鍵となります。診療情報提供書に処方見直し内容の記載欄を加える、入院時持参薬の記録様式にポリファーマシーのチェック欄を設ける、お薬手帳に処方見直し理由を記載するなど、既存のツールに視点を追加することで、新たな業務負担を最小限に抑えながら対策を開始できます。

体制構築:多職種連携による組織的な取り組みへの発展

ポリファーマシー対策チームの運営規程を作成し、院内での位置づけを明確化します。独立したチームが理想的ですが、医療安全委員会など既存組織がその機能を担うことも可能です。チーム構成は、医師、薬剤師、看護師を中心に、管理栄養士、理学療法士、事務職員などを含め、各職種の役割と目的を明確に定めることで効率的な運営を実現します。

入院患者への対応フローを標準化し、入院前のスクリーニング5、入院時の情報把握、カンファレンスでの処方見直し検討、実施とモニタリング、退院時の情報提供という一連の流れを確立します。スクリーニング条件として、75歳以上で6種類以上の内服薬を4週間以上継続している、2科以上を受診している、患者・家族が処方見直しを希望しているなどの定量的・定性的条件を設定します。

カンファレンスでは、処方内容と患者情報のプレゼンテーション、各職種からの情報提供、処方見直し案の検討、主治医への提案内容の決定、モニタリング事項の設定を行います。処方見直し後は、各職種が必要なモニタリングを実施し、情報を共有します。急性期病院では在院日数が短いため、処方見直し案の検討までを行い、転院先医療機関に申し送ることも有効な選択肢となります。

地域連携:継続的な薬物療法適正化の実現

地域包括ケアシステム6を担う医療・介護関係者との連携体制構築が、ポリファーマシー対策の継続性を左右します。地域連携担当薬剤師を配置し、入退院時の患者フォローアップを担当させることで、地域の医療介護職種との協力体制を構築できます。三豊総合病院の事例では、地域連携担当薬剤師の配置により、在宅患者の訪問指導依頼が年間2件から月3-4件へ増加し、相談件数は年間約100件に達しました。

トレーシングレポートの活用により、薬局からの処方見直し提案を効率的に収集できます。東北大学病院では、薬剤部DI室7の担当者が全レポートを確認し、医師への情報提供を選別することで、質の高い情報共有を実現しています。2019年12月のプロトコール導入後、報告薬局数と報告件数が大幅に増加し、服用薬剤調整支援に関する具体的な提案が増えています。

医療情報ネットワークを通じた情報共有も有効です。ひたちなか総合病院では「ひたちなか健康ITネットワーク」により、地域の医療機関や薬局が処方内容や検査値を閲覧し、処方見直しの提案を行える運用を実現しています。過去2年間で約200例の処方見直し事例があり、検査値確認をきっかけとした処方適正化が進んでいます。

成功事例から学ぶ実践的な工夫と課題解決

北九州高齢者薬物療法研究会の取り組みは、地域全体でポリファーマシー対策を推進する好例です。地区医師会、薬剤師会、大学病院、基幹病院が協働し、年3-4回の講演会・ワークショップを開催しています。初回講演会には165人が参加し、その後も100人前後の医療関係者が継続的に参加することで、顔の見える関係づくりと知識共有を実現しています。

高知県では、複数の保険者が連携してレセプトデータから対象者を抽出し、相談勧奨を行っています。2医療機関以上から6剤以上の長期処方を受けている患者を対象に「お薬情報のお知らせ」を郵送し、通知を見た人の81.3%が内容を確認、35.9%が医療機関や薬局への相談につながっています。電話勧奨も併用することで、より効果的な介入を実現しています。

課題解決の具体例として、人員不足には電子カルテのカスタマイズによる対象患者の自動抽出、多職種連携の困難さには既存チーム活動への視点追加、お薬手帳の活用不足には患者教育の強化、処方医への提案の困難さには総合診療医や老年内科医の関与強化などが挙げられます。これらの工夫により、限られたリソースでも効果的な対策が可能となります。

まとめ:段階的実装による持続可能な対策の実現

ポリファーマシー対策は、小規模な取り組みから始め、体制を整備しながら段階的に拡大することが成功への道筋です。担当者の明確化、既存の仕組みの活用、多職種連携の強化、地域との情報共有体制の構築を順次進めることで、持続可能な対策を実現できます。成功事例が示すように、各施設の状況に応じた柔軟な対応と、地域全体での協力体制構築が、高齢者の安全な薬物療法の実現につながります。今後も各施設での取り組みを共有し、地域で共通利用できるシステムとして発展させていくことが期待されています。

  1. 栄養サポートチーム。栄養状態の評価・判定を行い、適切な栄養管理を実施するための多職種で構成される医療チーム ↩︎
  2. 薬局から処方医へ提供する服薬情報提供書。疑義照会とは異なり、即座の対応を要しない服薬状況等の情報を文書で報告するもの ↩︎
  3. 薬剤が原因となって生じる、ふらつき・転倒、認知機能低下、せん妄、食欲低下、排尿障害などの老年期特有の症候群 ↩︎
  4. 特に慎重な投与を要する薬物。高齢者において有害事象のリスクが利益を上回る可能性が高い薬物のリスト ↩︎
  5. 特定の基準に基づいて対象者を選別・抽出すること。ポリファーマシー対策では処方見直しが必要な患者を選定する過程 ↩︎
  6. 高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けることができるよう、住まい・医療・介護・予防・生活支援が一体的に提供される体制 ↩︎
  7. 医薬品情報室。医薬品に関する情報の収集・評価・提供を専門的に行う部門 ↩︎

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