日本の高齢化が進む中、急性期治療後の患者を受け入れ、在宅復帰を支援する地域包括ケア病棟の重要性が高まっています。地域包括ケア推進病棟協会機能評価委員会による地区厚生局データの解析資料(2025年9月12日時点)によると、全国で地域包括ケア病棟を算定する病院は2,662施設、病床数は103,556床に達しています。さらに、令和6年度(2024年度)診療報酬改定では新たに地域包括医療病棟が創設され、197施設、10,242床が算定しています(同資料による)。しかし、地域包括ケア病棟と急性期病棟の違いや、新設された地域包括医療病棟の役割を正確に理解している医療従事者や病院経営者は多くありません。本記事では、令和7年度第1回入院・外来医療等の調査・評価分科会(2025年4月17日開催)の議事録と関連資料をもとに、地域包括ケア病棟の定義から機能、他病棟との違い、現状、メリット、注意点まで、医療経営と医療政策の視点から包括的に解説します。
地域包括ケア病棟は3つの主要機能を持ちます。急性期治療後の患者を受け入れるポストアキュート機能、在宅療養中の患者が急性増悪した際に受け入れるサブアキュート機能、そして在宅復帰に向けた多職種協働による支援機能です。令和6年度改定で新設された地域包括医療病棟は、高齢者急性期医療に特化し、10対1看護配置と専従リハビリスタッフ2名以上の配置により、より高度な医療とケアを提供します。急性期一般病棟との主な違いは、看護配置(急性期7対1に対し地域包括ケア13対1)、入院期間(急性期平均16日以内に対し地域包括ケア60日以内)、リハビリ提供要件(急性期は要件なし、地域包括ケアは1日2単位以上必須)の3点です。
地域包括ケア病棟の定義と創設の背景
地域包括ケア病棟は、急性期治療を終えて病状が安定した患者や、在宅療養中に緊急入院が必要になった患者に対して、在宅復帰に向けた医療とケアを提供する病棟です。平成26年度(2014年度)診療報酬改定で新設されたこの制度は、地域包括ケアシステム1の構築を目指す国の医療政策の中核を担います。
地域包括ケア病棟が創設された背景には、日本の急速な高齢化があります。高齢患者は複数の慢性疾患を抱えることが多く、急性期治療後もすぐに自宅へ戻ることが困難なケースが増加しています。従来の医療体制では、急性期病棟から直接自宅や施設への退院を余儀なくされ、十分なリハビリテーションや退院準備ができないまま在宅復帰する患者が少なくありませんでした。このような状況は、再入院率の上昇や患者・家族の不安増大につながっていました。
地域包括ケア病棟の対象患者は3つのカテゴリーに分類されます。第一に、急性期治療後も経過観察や療養が必要な患者です。第二に、在宅復帰のためにリハビリテーションや療養が必要な患者です。第三に、在宅療養中に急性疾患を発症し、一時的な入院が必要になった患者です。また、家族の事情で在宅療養が一時的に困難になった患者の受け入れも担います。
入院期間は原則60日以内と定められています。患者の状態と在宅サービスの準備が整い次第、計画的に退院を進めることが求められます。診療報酬改定により、適切な医療提供と在宅復帰支援のバランスを保つための期間設定がなされています。
地域包括医療病棟の新設とその特徴
令和6年度(2024年度)診療報酬改定で新設された地域包括医療病棟は、地域包括ケア病棟とは異なる役割を担います。地域包括ケア推進病棟協会機能評価委員会のデータ(2025年9月12日時点)によると、197施設、10,242床が算定しており、地域包括医療病棟は高齢者の救急搬送増加に対応し、高齢急性期医療とケアを一体的に提供することを目的としています。高度急性期病院への救急搬送集中を緩和する役割を果たします。
地域包括医療病棟の施設基準は、地域包括ケア病棟よりも厳格です。診療報酬改定で定められた基準では、看護配置は10対1が必要で、地域包括ケア病棟の13対1よりも手厚い体制が求められます。専従理学療法士、作業療法士、言語聴覚士を2名以上配置し、専任管理栄養士1名以上の配置も義務付けられています。この多職種配置により、高齢者に必要な包括的ケアを提供できる体制を整えます。
診療実績の要件も明確に定められています。施設基準では、緊急入院や下り搬送の直接入棟が15%以上必要で、24時間救急搬送の受け入れ体制を確保することとされています。平均在院日数は21日以内、ADL2低下患者が直近1年で5%未満という高い目標が設定されています。重症度、医療・看護必要度は急性期一般4に準じますが、入棟初日にB3点以上の患者割合が50%以上必要という独自要件があります。
在宅復帰率の計算方法も地域包括ケア病棟とは異なります。地域包括医療病棟では80%以上の在宅復帰率が求められ、その計算には回復期リハビリ病棟等への退院を含みますが、地域包括ケア病棟への退院は含まれません。また、自院一般病棟からのポストアキュートは5%未満に制限され、主に他院や在宅からの救急患者受け入れに特化した病棟機能が求められます。
診療報酬の算定方式はDPC3に準じた包括算定ですが、手術やリハビリは出来高算定となります。この仕組みにより、必要な医療を提供しながらも効率的な病棟運営が可能になります。地域包括医療病棟は、急性期一般病棟と地域包括ケア病棟の中間的な機能を持ち、地域の医療提供体制において重要な役割を果たします。
地域包括ケア病棟の3つの主要機能
地域包括ケア病棟は、ポストアキュート機能、サブアキュート機能4、在宅復帰支援機能という3つの機能を統合的に提供します。この3つの機能により、地域における切れ目のない医療・ケア提供体制を実現します。
ポストアキュート機能は、急性期治療後の患者を受け入れる機能です。骨折や各種手術、肺炎、心不全などの急性期治療を終えた患者が対象となります。これらの患者は病状が安定しているものの、在宅復帰のためにリハビリテーションや継続的な医療管理が必要です。地域包括ケア病棟では、退院を目指したリハビリテーションを提供しながら、もう少し治療や経過観察が必要な患者を支援します。この機能により、急性期病棟の在院日数短縮と効率的な病床利用が可能になります。
サブアキュート機能は、在宅療養中の患者が急性増悪した際に受け入れる機能です。日常生活圏域からの救急搬送を含む軽度から中等症の急性疾患患者が対象となります。肺炎、腸炎、尿路感染、脊椎圧迫骨折、脱水などの疾患や、緊急手術・麻酔が必要な四肢単純骨折・外傷、高齢虚弱のコロナ患者なども受け入れます。また、白内障や大腸ポリープ切除、単純骨折などの待機手術、糖尿病教育入院、がん化学療法や緩和ケア、薬剤使用の適正化なども対応します。この機能により、高度急性期病院への救急搬送集中を緩和できます。
在宅復帰支援機能は、院内多職種協働と地域内多職種協働により患者の在宅復帰を支援する機能です。院内では、治療、リハビリテーション、栄養サポート、認知症ケア、ポリファーマシー対策、入退院支援などを包括的に提供します。地域内では、地域包括支援センター、居宅介護支援事業所、かかりつけ医、医療介護福祉事業所、行政などと連携します。この連携体制により、患者が病院と在宅を一体として切れ目なく医療・介護・福祉サービスを受けられる仕組みを構築します。
病院機能分類では、地域包括ケア病棟を有する病院を3つの型に分類します。急性期CM型は、急性期一般入院基本料6以上または地域包括医療病棟を届け出て急性期機能を重視する病院です。PA連携型は、実入院患者数の概ね半数以上が他院からのポストアキュートである病院です。地域密着型は、自宅や施設で療養するかかりつけの高齢虚弱患者を対象に、サブアキュートを中心に受け入れる病院です。
急性期病棟・回復期リハビリ病棟との違い
地域包括ケア病棟は、急性期一般病棟や回復期リハビリテーション病棟とは目的と施設基準が異なります。各病棟の違いを理解することは、適切な病棟選択と効率的な病院経営のために不可欠です。
急性期一般病棟との比較では、まず目的が根本的に異なります。急性期病棟の目的は患者を治療し回復させることです。手術や点滴・内服などの治療を最優先に施し、病気の回復を目指します。一方、地域包括ケア病棟の目的は、患者が在宅に戻った時にその人らしく生活できる体と環境を整えることです。治療後の不安を解決し、ADLを向上させ、退院後の環境整備を並行して進めます。
施設基準の違いも明確です。令和6年度診療報酬改定5で定められた基準を見ると、看護配置は、急性期一般入院料1が7対1(看護職員の7割以上が看護師)であるのに対し、地域包括ケア病棟入院料1・2は13対1(同じく7割以上が看護師)です。重症患者割合は、急性期が「A 3点以上又はC 1点以上」に該当する患者割合20%以上、または「A 2点以上又はC 1点以上」に該当する患者割合27%以上必要ですが、地域包括ケアは「A 1点以上又はC 1点以上」に該当する患者割合が10%以上(必要度Ⅰ)または8%以上(必要度Ⅱ)と基準が緩やかです。平均在院日数は、急性期が16日以内、地域包括ケアが入院期間60日以内です。在宅復帰率は、急性期が80%以上(介護老人保健施設・療養病棟を含む)、地域包括ケアが72.5%以上(回復期リハビリ病棟等への退院は含まない)です。
この在宅復帰率の計算方法の違いは重要です。急性期病棟では回復期リハビリ病棟への転院も在宅復帰としてカウントされますが、地域包括ケア病棟では自宅、居住系介護施設、介護老人保健施設(機能強化型以上)などへの退院のみがカウントされます。この違いは、地域包括ケア病棟が最終的な在宅復帰を目指す病棟であることを示しています。
リハビリテーション提供の有無も大きな違いです。急性期病棟ではリハビリ要件がありませんが、地域包括ケア病棟では1日2単位以上のリハビリ提供が必須です。専従リハビリスタッフの配置も義務付けられており、在宅復帰に向けたADL向上を重視した体制となっています。
回復期リハビリテーション病棟との違いも重要です。回復期リハビリ病棟は、脳血管疾患、大腿骨・骨盤等の骨折、胸腹部手術などの急性期治療を終えて症状が安定した患者に対し、集中的な回復期リハビリを提供します。対象疾患が限定されており、入院期間も疾患により30日から180日と定められています。一方、地域包括ケア病棟は病名に関係なく入院でき、廃用症候群6や認知症を含む患者に対して包括算定を活かしたリハビリを提供します。入院期間は60日以内と回復期リハビリより短く、より幅広い患者層に対応します。
診療報酬の算定方式も異なります。急性期病棟は出来高算定が基本、回復期リハビリ病棟は包括算定、地域包括ケア病棟も包括算定(一部出来高)となっており、それぞれの病棟機能に応じた報酬体系が設定されています。
地域包括ケア病棟のメリットと注意点
地域包括ケア病棟の導入は、病院経営、患者、地域医療それぞれにメリットをもたらします。同時に、運営上の注意点も存在するため、両面を理解した上での導入判断が必要です。
病院経営面のメリットは複数あります。第一に、急性期病棟の在院日数短縮と病床稼働率向上が実現します。急性期治療後の患者を地域包括ケア病棟へ転棟させることで、急性期病棟は新規患者を受け入れる余裕が生まれます。第二に、包括算定により安定した収益を確保できます。検査や投薬が包括に含まれるため、診療内容による収益変動が少なくなります。第三に、地域における病院の役割が明確化し、紹介患者の増加が期待できます。急性期病棟と地域包括ケア病棟の両方を持つことで、幅広い患者ニーズに対応可能な病院として評価されます。
患者にとってのメリットも明確です。急性期治療後、十分なリハビリと在宅復帰準備の時間を確保できます。多職種チームによる包括的ケアを受けられ、退院後の生活に対する不安が軽減されます。家族にとっても、在宅療養の準備や介護サービスの調整を病院スタッフと一緒に進められるため、安心して退院を迎えられます。また、在宅療養中の急性増悪時に、かかりつけの病院で受け入れてもらえる安心感は、患者と家族の大きな支えとなります。
地域医療全体へのメリットとしては、高度急性期病院への救急搬送集中の緩和があります。軽度から中等症の高齢者救急を地域包括ケア病棟で受け入れることで、高度急性期病院は重症患者の治療に専念できます。また、病院、診療所、介護施設、在宅サービスの連携が強化され、地域包括ケアシステムの構築が進みます。医療資源の効率的活用により、地域全体の医療提供体制が最適化されます。
一方、注意点も存在します。第一に、多職種協働体制の構築には時間とコストがかかります。看護師、医師、リハビリスタッフ、医療相談員、管理栄養士などの連携体制を整え、効果的に機能させるには、定期的なカンファレンスや情報共有の仕組みが必要です。第二に、在宅復帰率や平均在院日数などの施設基準を継続的に満たす必要があります。基準未達の場合、診療報酬の減算や届出取り下げのリスクがあります。
第三に、包括算定のため、検査や投薬のコスト管理が重要です。過剰な医療提供は収益を圧迫しますが、必要な医療を抑制すれば患者の回復が遅れます。適切なバランスを保つには、クリニカルパス7の活用や診療内容の標準化が有効です。第四に、地域の医療機関や介護施設との連携構築には時間がかかります。顔の見える関係を築き、スムーズな患者紹介・逆紹介の仕組みを作ることが、地域包括ケア病棟の成功には不可欠です。
スタッフの教育も重要な課題です。急性期中心の看護から、生活を見据えたケアへの意識転換が必要です。リハビリテーションや退院支援の知識を深め、多職種との協働スキルを向上させる継続的な教育プログラムが求められます。また、患者・家族への説明責任も増します。在宅復帰支援計画を共有し、退院後の生活イメージを具体的に描けるようサポートする必要があります。
まとめ
地域包括ケア病棟は、急性期治療後の患者を受け入れ在宅復帰を支援する重要な役割を担います。地域包括ケア推進病棟協会機能評価委員会のデータ(2025年9月12日時点)によると、全国2,662施設、103,556床が稼働し、令和6年度改定で新設された地域包括医療病棟は197施設、10,242床が算定しています。ポストアキュート機能、サブアキュート機能、在宅復帰支援機能という3つの機能を統合的に提供し、地域包括ケアシステムの中核を担います。急性期病棟との主な違いは、看護配置、入院期間、リハビリ要件、そして在宅復帰率の計算方法にあり、患者の治療から生活復帰までを切れ目なく支援する体制が特徴です。病院経営の安定化、患者の安心、地域医療の効率化というメリットがある一方、多職種協働体制の構築や施設基準の維持には継続的な努力が必要です。令和7年度の入院・外来医療等の調査・評価分科会では、これらの病棟機能の検証と評価が継続的に行われており、今後も制度の改善が進められることが期待されます。
- 地域包括ケアシステムとは、高齢者が住み慣れた地域で自分らしい暮らしを人生の最後まで続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が一体的に提供される体制のこと。厚生労働省が推進する政策の柱。 ↩︎
- ADL(Activities of Daily Living)とは、食事、排泄、入浴、更衣、移動など、日常生活を送るために最低限必要な基本的動作のこと。医療・介護分野における患者評価の基本指標。 ↩︎
- DPC(Diagnosis Procedure Combination)とは、診断群分類に基づく包括評価制度のこと。入院期間中の医療行為を病名と診療内容で分類し、1日当たりの定額で評価する診療報酬算定方式。 ↩︎
- ポストアキュートとは急性期治療後の患者受け入れ、サブアキュートとは在宅療養中の急性増悪患者の受け入れを指す。地域包括ケア病棟の主要機能を表す医療機能分類。 ↩︎
- 診療報酬改定とは、医療サービスの対価として医療機関に支払われる診療報酬の点数や算定方式を見直すこと。原則2年に1回、厚生労働省が実施し、医療政策を反映する。 ↩︎
- 廃用症候群とは、長期臥床や活動性低下により、筋力低下、関節拘縮、認知機能低下などの身体機能が低下する状態。高齢者に多く見られ、リハビリテーションによる改善が期待される。 ↩︎
- クリニカルパスとは、特定の疾患や治療に対する標準的な診療スケジュールを時系列で示したもの。医療の質の向上、効率化、多職種協働の促進を目的とする医療管理ツール。 ↩︎
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