医療現場では2024年4月から医師の時間外労働上限規制が適用され、現行制度の下で実施可能なタスク・シフト/シェアの推進が急務となっています。本記事では、タスク・シフト/シェアの定義から各医療職種における具体的な実践例まで、医師の指示の下で安全に実施可能な取り組みを網羅的に解説します。
タスク・シフト/シェアは、医師の業務を他の医療職種に移管(シフト)または共同化(シェア)することで、医師の労働時間短縮と医療の質向上を同時に実現する取り組みです。重要なのは、これらの業務移管は医師の指示や監督の下で行われ、最終的な責任は医師が負うという前提があることです。看護師への特定行為の移管から、薬剤師による処方支援、臨床検査技師の業務拡大まで、13職種以上にわたる具体的な実践例と、導入時の3つの留意点(意識改革・知識習得・余力確保)について、現行制度の範囲内で実施可能な内容を詳しく紹介します。
タスク・シフト/シェアの定義と基本的な考え方
タスク・シフトとは、医師が担っていた業務の一部を、医師の指示の下で他の医療職種に移管することを指します。一方、タスク・シェアは、医師の業務を複数の職種で分担し、共同で実施することを意味します。両者の違いは、業務の主担当が移るか、医師と共同で実施するかという点にあります。いずれの場合も、医師の適切な関与と最終的な責任は維持されます。
タスク・シフト/シェアの対象となる業務は、主に「相対的医行為1」と「医行為ではない業務」の2つに分類されます。相対的医行為とは、医師や歯科医師の指示監督の下であれば他職種が実施可能な医療行為を指し、特定行為研修を修了した看護師による人工呼吸管理などが該当します。医行為ではない業務には、診療録の代行入力や各種書類の作成(医師の最終確認・署名が前提)、データ整理などの事務的作業が含まれます。
現行制度下でのタスク・シフト/シェアは、医療安全の確保と各職種の専門性を前提として進められます。各医療機関は、個々の職員の能力、組織体制、医師との信頼関係を踏まえ、多職種がそれぞれの専門性を発揮できる環境整備が求められています。厚生労働省は、2021年9月30日に「現行制度の下で実施可能な範囲におけるタスク・シフト/シェアの推進について」を通知し、具体的な業務例と留意点を示しています。
なぜ今、タスク・シフト/シェアが必要なのか
医師の長時間労働は深刻な問題となっており、厚生労働省の「令和元年 医師の勤務実態調査」によると、医師の週平均勤務時間は男性57時間35分、女性52時間16分と、法定労働時間を大幅に超えていました。2024年4月から適用される時間外労働の上限規制(原則年960時間)を遵守しながら、医療の質を維持・向上させるためには、タスク・シフト/シェアによる業務の効率化が不可欠です。
医療の高度化・専門分化も、タスク・シフト/シェアを必要とする要因の一つです。限られた労働時間で高度な医療を提供するためには、各職種が医師の指示の下でそれぞれの専門性を最大限に発揮し、効率的に連携する体制が求められます。例えば、薬剤師による薬物療法の管理や、臨床検査技師による検査の実施など、専門職がその知識と技能を活かすことで、医師は診断や治療方針の決定に集中できるようになります。
地域偏在や診療科偏在の問題も、タスク・シフト/シェアによる解決が期待されています。医師不足が深刻な地域や診療科において、医師の適切な指示の下で他職種への業務移管を行うことにより、限られた医師数でも必要な医療を提供できる体制の構築が可能となります。特に、助産師による院内助産や助産師外来の実施は、産科医不足への対応策として有効です。
さらに、診療報酬改定においても、タスク・シフト/シェアを推進する加算が設定されています。医師事務作業補助体制加算や看護補助体制充実加算など、適切な業務分担を評価する仕組みが整備され、医療機関にとっても経営面でのインセンティブとなっています。
タスク・シフト/シェア導入がもたらす4つのメリット
タスク・シフト/シェアの最大のメリットは、医師の労働時間短縮と負担軽減です。特定行為研修を修了した看護師の活用により、医師が都度指示を出す必要が減少し、包括的指示による効率的な医療提供が可能となります。これにより、医師の時間外労働が削減され、働き方改革の実現に大きく貢献します。
医療の質向上も重要なメリットです。各職種が医師の指示の下で専門性を活かした業務に専念できることで、より質の高い医療サービスの提供が可能となります。薬剤師による薬物療法の管理により医薬品の適正使用が促進され、臨床検査技師による検査の実施により迅速な診断が可能となるなど、患者にとっても大きな利益があります。
業務効率化による人材不足の解消も期待されます。医師の数を増やすことなく、医師の適切な指示の下で他職種が業務を担うことで、医療体制を維持・強化できます。特に医師確保が困難な地域や診療科において有効な対策となります。また、看護師から看護補助者へのタスク・シフトなど、多層的な業務移管により、組織全体の生産性が向上します。
医療機関の経営面でもメリットがあります。時間外労働の削減による人件費の適正化、診療報酬加算の取得、職員の定着率向上による採用コストの削減など、複合的な効果が期待できます。さらに、働きやすい環境整備により、優秀な人材の確保にもつながります。
各医療職種における具体的なタスク・シフト/シェアの実践例
看護師へのタスク・シフト/シェアは最も範囲が広く、特定行為38行為21区分2の実施が可能です。これらは特定行為研修を修了した看護師が、医師が予め作成した手順書3に基づいて実施できる行為で、人工呼吸管理、持続点滴中の薬剤投与量調整、中心静脈カテーテルの抜去などが含まれます。また、医師の包括的指示4に基づく薬剤投与や採血・検査の実施、救急外来での医師の事前指示による検査オーダーなど、日常診療の効率化に大きく貢献しています。
薬剤師は、医師の指示の下で周術期の薬学的管理、病棟での薬剤管理、医師・薬剤師等により事前に取り決めたプロトコール5に基づく処方変更などを担当できます。特に、持参薬の確認から処方提案、副作用モニタリングまで、一連の薬学的管理により、医師の処方業務の負担が軽減されます。糖尿病患者への自己注射の実技指導(薬剤師自身が注射を行うことはできません)なども、薬剤師の重要な役割となっています。
臨床検査技師への業務拡大も進んでいます。医師の指示の下で、心臓・血管カテーテル検査での検査装置操作、病棟での採血業務、輸血に関する説明と同意書受領などが実施可能です。2021年10月の法改正により、医師の指示の下での生検材料の採取や喀痰吸引なども実施可能となり、業務範囲がさらに拡大しました。ただし、これらの実施には適切な教育・研修が必要です。
診療放射線技師は、医師の具体的指示の下で、撮影部位の確認や検査オーダーの代行入力、造影剤投与、血管造影での補助行為などを担当できます。特に、画像誘導放射線治療における画像の一次照合(照射位置の許容範囲を超えた場合は医師の判断が必要)や、放射線管理区域内での患者誘導など、専門性を活かした業務移管が進んでいます。
臨床工学技士は、医師の具体的指示の下で、人工呼吸器や血液浄化装置の操作・管理、全身麻酔装置の操作など、生命維持管理装置に関する幅広い業務を担当します。手術室での器材の準備や手渡し、医療機器の中央管理なども重要な役割です。特に、人工呼吸器装着患者への喀痰吸引や動脈カテーテルからの採血など、専門的な知識を要する業務の移管が進んでいます。これらも適切な教育・研修を受けた上で実施する必要があります。
リハビリテーション専門職(理学療法士、作業療法士、言語聴覚士)は、医師の指示の下で各種評価の実施や、医師が最終確認・署名することを前提としたリハビリテーション関連書類の作成・説明などを担当できます。作業療法士による高次脳機能評価、言語聴覚士による嚥下検査と食物形態の選択など、それぞれの専門性を活かした業務移管が可能です。
助産師による院内助産・助産師外来は、緊急時の対応が可能な医療機関において、産科医の負担軽減に大きく貢献しています。正常分娩の管理から妊婦健診、保健指導まで、助産師が主体的に実施することで、産科医は異常分娩や高リスク妊婦の管理に専念できます。
その他の職種として、視能訓練士による手術装置へのデータ入力(医師の最終確認が必要)、義肢装具士による医師の指示の下での糖尿病患者の爪切りや装具適合、救急救命士による救急外来での補助業務など、各職種の専門性を活かした業務移管が進んでいます。医師事務作業補助者による診療録の代行入力や各種書類作成(医師の最終確認・署名が前提)も、医師の事務負担軽減に大きく貢献しています。
タスク・シフト/シェアを成功させる3つの重要ポイント
意識改革と啓発は、タスク・シフト/シェア成功の第一歩です。病院長等の管理者から現場の職員まで、組織全体で取り組みの必要性を理解し、推進する機運を醸成することが重要です。特に、タスク・シフト/シェアは医師の指示の下で行われ、最終的な責任は医師にあることを全職員が理解した上で、管理者向けマネジメント研修、医師への説明会、各部門責任者研修、全職員の意識改革研修など、段階的かつ継続的な啓発活動が必要となります。
知識・技能の習得は、医療安全確保の観点から不可欠です。新たに担当する業務に必要な教育・研修を計画的に実施し、座学だけでなくシミュレーターによる実技研修も取り入れます。指導方法の統一、マニュアルの作成、定期的な技能評価により、安全で質の高い医療提供を担保します。特定行為研修(看護師)や告示研修(診療放射線技師、臨床検査技師、臨床工学技士)など、法的に必要な研修の受講も計画的に進める必要があります。
余力の確保は、特定職種への負担集中を防ぐために重要です。ICT導入による業務効率化、看護師から看護補助者へのタスク・シフトなど、多層的な業務改善を同時に進めます。必要な人員配置の見直し、業務量の定量的評価、段階的な業務移管により、無理のない導入を実現します。定期的なモニタリングと改善により、持続可能な体制を構築することが重要です。
まとめ
タスク・シフト/シェアは、医師の働き方改革を実現しながら医療の質を向上させる重要な取り組みです。現行制度の下で、医師の適切な指示・監督の下、看護師の特定行為から医師事務作業補助者による書類作成まで、13職種以上にわたる具体的な業務移管・共同化が実施可能です。各医療機関の実情に応じた導入により、医師の労働時間短縮、医療の質向上、業務効率化、経営改善という4つのメリットが期待できます。成功のためには、意識改革・知識習得・余力確保の3つのポイントを押さえ、医療安全を最優先に、組織全体で計画的に推進することが重要です。
- 医師法第17条に基づき「医師の医学的判断及び技術をもってするのでなければ人体に危害を及ぼし、又は危害を及ぼすおそれのある行為」と定義される。 ↩︎
- 保健師助産師看護師法第37条の2に基づき、特定行為研修を修了した看護師が、医師の作成した手順書により実施できる診療の補助行為。2015年10月より制度化。 ↩︎
- 特定行為を実施する際の医師による指示を、患者の病状の範囲、診療の補助の内容等を含めて文書化したもの。 ↩︎
- 看護師が患者の状態に応じて柔軟に対応できるよう、医師が患者の病態の変化を予測し、その範囲内で看護師が実施すべき行為について一括して出す指示。 ↩︎
- 事前に予測可能な範囲で対応の手順をまとめたもの。診療の補助においては、医師の指示となるものをいう。 ↩︎
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